「生活困窮」の基準

イギリスでは、失業者保険の申請者が70%も増えたそうです。

とくにホスピタリティ産業で契約社員として働いていた人たちが契約更新の段階で解雇となるケースが多いようで、夫婦そろってサービス業だったりすると両方とも解雇になってしまうこともあるそうです。

失業対策として、イギリス政府はファーローというスキームを導入しています。

これは、企業が社員を解雇せずに雇用を続けていた場合、その社員には自宅待機をしてもらい、その給料の80%を政府が負担するというものです。

このファーローというスキームは、10月末まで適用される予定です。

そんな状況ではありますが、やはり先が見えない現状では社員をファーロー休暇にするのではなく、解雇する企業も多いようです。

それはとても気の毒なことだと思うのですが、テレビで取材を受けている解雇された人たちを見て、違和感を感じるのです。

まず、この国では契約社員は社員よりも手取り給料が良い代わりに、契約が終わった時点で解雇されるリスクがあります。

もともとリスクがあるのを承知のうえでメリットを享受してきたくせに、いざリスクが顕現すると政府のせいにするんだぁ・・・と思い、そんな甘い考え方が通用することに驚きました。

また、ウェブカメラで参加している『気の毒な人たち』は、例外なくシミひとつない綺麗な壁や整然とした本棚、綺麗な絵画、大きなテレビなどといった家電の前で「生活がたちゆかない」と訴え、「政府は義務を果たしていない」とか「お金がない」とか言っています。

このブログを最初から読んでくださっている方は、私が日本でお風呂やトイレが共同のボロアパートに住んで、テレビなどの贅沢な家電が買えないほど貧乏だったことをご存じだと思います。

今でも、50年も改装されていないボロアパートに住んで、窓もきちんと閉まらないような狭い部屋に住んでいます。もちろん、テレビもありません。

テレビ会議を求められても、穴やシミのない壁がないので、どこを背景にしたら良いのか分からず、私はウェブカメラを切って参加しています。

そんな貧乏生活をしている私からすると、贅沢品を背景にして「お金がない」と訴えるのを見ても、「どこが貧乏?」と思ってしまうのです。

彼らにしてみればテレビは贅沢品ではないのでしょうが、そう思った時に「貧しい」の基準は人によって大きな差があることに気づきました。


それと同じで、「仕事が大変」とか訴えて仕事を私に振ってくる人たちも、私の「忙しい」とは基準が違うんだろうな、と思いました。

これまで、同僚から助けを求められたときには「大変なんだろうな」と思って手を貸してきましたが、実は私のほうが忙しかったということが何度もありました。

そのときは忙しくて深く考えることはありませんでしたが、こうして時間があるときに考えてみると、人の言うことをそのまま真に受けるのは危険なのかもしれません。

別に同僚に手を貸さないとは言いませんが、相手の言うことを100%信じるのではなく、自分の目で見て判断することが大切な気がします。


こちらはボランティアしているガーデンのイチゴです。

もうすぐ収穫できそうで、楽しみです。


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posted by イチイ at 21:28Comment(8)考えたこと