最近、がんばっていること

こちらのブログでも何度か書いている、
同じ会社のAさんのことがきっかけで、
いろいろと考えるようになりました。

最近はAさんの話題から遠ざかっていますが、
それは、最近の私はAさんの誘いを断っているからでもあります。

前は「ねぇ、聞いてよー」と声をかけられると、
途中で断ることもできず、
怒涛のように愚痴を吐き出す彼女を遮ることもできず、
仕事中に何十分も愚痴に付き合っていました。

コメントを寄せてくださった方々の意見を聞いて、
「断ってもいいんだ」と思えるようになり、
だんだんと、すっぱりと断れるようになりました。

アドバイスをくださったみなさん、
どうもありがとうございました。


それと、ある知り合いの方から、
こう言われたことも影響しているような気がします。

「そういう人には、
わざと批判するようなことを言えば、
心地よい言葉をくれる他の誰かのところに行くよ」

これを聞いたとき、
なんだか人のことを操るような気がして、
ちょっと反感をもちました。

でも、実は、3月末の繁忙期ピークのとき、
いつものごとく仕事中にやってきて
愚痴につき合わされそうになったときに、
いきなり話し出したAさんの言葉があまりに酷かったので、
仕事が気になって苛立ったこともあって、
うっかりこう言ってしまったのです。

「もう人の悪口は聞きたくありません!」

すると、これまで雪崩のように話していたAさんが
ぴたっと口を閉ざして、絶句していたのです。

「・・・そんな。悪口って・・・
そんなつもりじゃないのに」

そのまま、口をへの字にして私を睨みつけ、
「もういいよ!」と言って、行ってしまいました。

その後、しばらくはAさんから私に
声をかけてくることはありませんでした。

意図していたわけではありませんが、
その人が言っていたとおりの事態になったのです。

批判するようなことを言ったら、
私のところに来なくなったのです。

でも、正直な気持ちを言いますと、
相手を傷つけてしまったと思い、
ひどいことを言ってしまったと後悔して、
とても苦々しい思いを感じました。

でも、そのおかげで、
忙しい時期に、彼女に時間を潰されることもなく、
彼女の気分に引きずられて暗くなることもなく、
仕事に集中することができました。

とはいえ、3週間くらいしたら、
また私に声をかけてくるようになったので、
私の次に行った人からも冷たくされたのかもしれません。


そのときに、思ったのです。

どうして、私にはこういう人しかいないのだろう?

Nさんみたいに、
尊敬できてしっかりできる友人が、
彼女以外にいないのです。

いろいろと考えた末に出た結論は、
おそらく、それは私が自分から人に近づかないからではないか、
ということでした。

自分自身が、人と関わることが苦手なことは、
考えるまでもなく分かっています。

できるだけ面倒なこと、
苦手なことをしたくないので、
自分から人に声をかけて、
どこかへ誘ったり、
友人関係を築いていこう、
という気持ちにならないのです。

昔から一人に慣れているせいか、
一人で寂しいとも思わないので、
それはそれで楽に、のほほんと暮らしていました。

でも、振り返ってみれば
そんな私に声をかけてくる人は、
変わった人ばかりのような気がします。

こちらのブログをずっと読んでくださっている方なら、
私が過去に変わった人に関わって、
嫌な思いをしつつ、うじうじしていたことを
覚えてらっしゃると思います。

それは、私がビシッと言えないからだ・・・
と思っていましたが、
Aさんの様子、人から人へと渡り歩いて、
いろんな人に愚痴を聞いてもらっている様子を見て、
こんなふうに思ったのです。

私は特に取り柄もないし、
人から興味を持たれるような魅力もない。

そんな人に、用事もないのに
わざわざ声をかける人なんているわけがない。

そんな私に声をかけてくるのは、
私の前に、何人にも声をかけて、
いろんな人に拒絶されたり、引かれてしまったりして、
声をかけられる人が
私以外にいなくなってしまったからなのだろう。


そして、さらに考えたのです。

この状況を打破するためには、
どうしたら良いのか?ということを・・・

おそらく、結果としてこういう人が周りにいる、
ということの大きな原因は、
自分から人に関わろうとしないからだと思います。

人が来るのを待っているわけではないのですが、
自分から関わろうとしないため、
結果として、私と関わろうとしてくれる人としか、
付き合わないことになってしまうのです。

溢れんばかりの魅力に満ちた人であれば、
その人に関わろうとしてくれる人も
きっと素晴らしい人が多いのでしょう。

でも、私のような何の取り柄も魅力もない人には、
「誰でもいいから愚痴の聞き役が欲しい」
と思っているような人にとっては、
「関わりたい」と思う相手なのでしょうが、
そうではない人にとっては、私に関わる理由も、
関わりたいと思うようなキッカケもないわけです。

自分に何かしらの魅力をつけることが
大切なのかもしれませんが、
そんなものは一朝一夕で身につくものでもないし、
正直なところ、一生かかっても無理のような気がします。

では、魅力も取り柄もない私にできることは?

そう考えたときに、
「自分から関わる」ことならできると思ったのです。

かなり勇気がいりますが、
幸い、ボランティアをしていたおかげで、
ほんの少しずつですが、人と関わることに慣れてきました。

そして、自分から関わるならば、
Aさんのように、
こちらから話しかけやすいけれど、
話していると自分が暗くなってしまうような相手ではなく、
「この人といると気持ちが明るくなる」と思うような
人たちと関わりたいと思ったのです。


このことを考えたのが、1ヶ月位前のことです。

その後、自分のできることを考えてみて、
少しずつ実行に移してきました。

たとえば、少し前に気づいたのですが、
イギリス人は「おはよう」とか「ありがとう」というときに
相手の名前を言う人が多いのです。

「ありがとう」だけでなく、
「ありがとう、イチイ」みたいに名前をつけるのです。

日本では、わざわざ名前なんてつけないことが多いので、
最初はくすぐったいような気持ちで聞いていました。

でも、名前を呼ぶことにより、
その感謝が、漠然としたものではなく、
その人個人に向けられたものになるから、
感謝の意をきちんと伝えられるような気がしたのです。

そのため、まず挨拶や感謝の意を述べるときには
からなず相手の名前を言うようにしました。

そして、これまで「おはよう、元気ですか?」みたいな
型通りの挨拶しかしてこなかった人たちにも
「おはよう。元気ですか?」の後に、
何かしら付け加えることにしました。

「今日はお天気が良いですね」とか、
「そのマグカップ、かわいいですね」とか、
そういう下らないことではありますが、
挨拶以外のことを話すよう努力しています。

そして気づいたのですが、
案外、人は自分のことを聞いて欲しいようで、
こういう小さなことでも話題をふると
相手の方から、いろいろと話してくれます。

忙しいときに、おしゃべりな人に声をかけて、
そのまま10分くらい無駄話をすることになって
焦ったりすることもありました。

でも、そのときに「早く話が終わらないかな」と思うのはやめて、
10分無駄にしたら、
10分残業して挽回すればいいや、
と思うことにしました。

そうして、「おしゃべり」するようになったら、
なんだか周りの人たちが
笑顔を向けてくれるようになった気がします。

最近は、自分から「こんにちは」という前に
「こんにちは、イチイ。仕事はどう?」と
相手から声をかけられたりすることもあります。

うまく表現できませんが、
これまでステージの隅から遠慮がちに見ていたドラマに、
自分も脇役ながらドラマに関われるようになったような、
そんな気分です。

どんな話題をしたらいいのか?

会話を盛り上げるにはどうしたらいいか?

そんなことは皆目検討もつきませんが、
困ったりしつつも、にっこり笑って、
名前を呼んで、声をかけるようにしています。


そして最近は、ジムでも同じようにしています。

ジムには学生の子もいれば
仕事を引退した年配の方もいます。

そのため、会社で同僚に声をかけたときとは
まったく違う反応がかえってくることがあったりして、
戸惑うことも多いです。

それでも、がんばって話しかけているうちに、
相手の人となりが分かってくるので、
二度目、三度目と、回数を重ねるごとに
声をかけやすくなります。


人付き合いがよくわからず、
人と関わるのが苦手なのは相変わらずですが・・・

できれば、自分の時間は愚痴や悪口などといった
どんよりと後ろ向きで暗いことに費やすのではなく、
元気で前向きな人たちと、
明るいことを話すのに費やしたいので、
これからも、がんばって続けていきたいと思います。


ところで、こちらは近所にある家の玄関です。

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紫系でまとめられていて、
とてもセンスの良い入口だと思いました。

少し花が終わりかけていますが、
こちらの大きな植木鉢は、
まるでパーティー会場にあるアレンジメントのようだと思いました。

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この玄関を見ると、
家の中がどうなっているのか見てみたくなります。
きっと素敵な色合いでまとめられているのでしょうね。

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