セピア色の風景

今日、会社帰りに来月から借りるアパートの
デポジットを払ってきました。

なんと説明したら良いのでしょうか・・・


一言で、今の気持ちを言うなら、たぶん

「胸がいっぱい」

という言葉が一番近いような気がします。

でも、『一番近い』だけで、
残念ながら私の気持ちを完全に表現しきれていません。

うまく説明できるか分かりませんが、
良かったら、聞いて(読んで)ください。



今日は大家さんにデポジットを払って
契約書にサインをしてきました。

昨日と今日の2回に分けてお金をおろして、
普段持たないような大金をカバンに入れ、
落ち着かない気持ちでハムステッドに向かいました。


地上階に大家さんのお部屋があるのですが、
お部屋の中に通されて周りを見渡してみると
その古さに、改めて驚かされました。


布製の壁紙が剥がれていたり、
窓ガラスの一部が割れていたりします。

色あせて、ところどころ剥がれ落ちている壁紙は
おそらく絹だと思われる光沢を残しており、
小さな刺繍が一定の感覚をおいてほどこされています。

色あせた絵や昔の写真が無造作に飾ってあったり
デザインの揃っていない、
布が擦り切れている猫足の椅子や
シルク張りのソファが乱雑に並んでいたりして
何も知らない人が立ち入ったら、
物置だと勘違いしそうなくらいの有様でした。


でも、なぜか落ち着くのです。


細工の細かい、高級そうなシャンデリアが
高い天井からぶら下がっていましたが、
その光すらも、すすけたような淡い橙色の光を放っていました。

古くて、少し埃っぽい感じがして
まるで古い本が収められている書庫のようなにおいがしました。


大家さんが契約書に色々と書き込んでいる間、
ぼーっと部屋の中を眺めていました。


まとまりも秩序もない、乱雑な部屋。

淡い橙色を帯びたセピア色の世界が私の周りに広がっていました。

1か月前、日本にいた時には想像もつかなかったような
セピア色をしたヨーロッパが、私を取り囲んでいるのです。

昔の映画に出てくるようなお部屋で、
まるで、そこだけ時間が止まっているかのようでした。


大家さんは、契約書の内容をひとつひとつ説明しながら、
どこに何を書くのか、どこにサインをするのかなどを
丁寧に説明してくれました。

時折、大家さんが飼っているネコが足元をすり抜ける以外は
部屋のなかのもの全てが静止しているようで
完全に時が止まっているような錯覚すら覚えました。

しかも、そこで説明してくれている大家さんは、
少年のような無邪気さを感じさせる、
人の良い、40歳くらいの痩せぎすの黒人さんです。


不思議な世界です。


でも、不思議な世界なのに、違和感がないのです。

妙に落ち着きますし、
このままここにいたら、
自分もこの部屋と一緒に
長い時の中に沈んでいくような気がしました。


契約書の準備ができると、大家さんはニッコリ笑ってこう言いました。

「証人の前でサインをしなくちゃならないから、お隣に行こう!」

ドアを開けて大家さんの部屋を出たら、
まるで私たちが見えていたかのように
ちょうどお隣に住んでいるアリスがドアを開けて出てきました。


「やあ、アリス!
こちら、上の階の新しい住人。日本人なんだよ!

キミが日本人の友達に頼んで載せてもらった記事を見て
一番最初に連絡をくれたんだ。

これから契約書にサインするから、証人になってくれる?」


大家さんがそう言うと、
アリスと呼ばれた女性は陽気に笑いながら

「もちろんよ! さぁ、入って!」


・・・ええ!?
見知らぬ人(私)を家に入れちゃっていいの???

と焦る私の背中を押す大家さん。

アリスはニッコリ笑いながら
アールヌーボーっぽいデザインのスタンドが目を引く、
こじんまりした、居心地の良いリビングに招き入れてくれました。


アリスはチェコ人で、
この部屋(大家さんの隣)に引っ越す前は、
1つ上の階、私がこれから住む部屋に8年も住んでいたそうです。


「前に会った時も言ったけど、
ここに住んでいる人は、皆長く住んでいるんだよ。

アリスは8年。
キミの部屋の上に住んでいるアメリカ人は12年。
その上に住んでいるイギリス人は、30年も住んでるんだ」


「え!? 30年ですか!??」

と、思わず口をついて出てしまいました。

するとアリスが、こう言いました。

「ここは居心地がいいから。
環境も良いし、安全だし、みんなお互い気にしあって
まるで家族みたいに住んでるのよ」


そして、大家さんがこう続けました。

「ここに住む人はみんな家族みたいに仲がいいんだよ。
だから、君もここが気に入ったら、
ずっと(フォーエバー)住んでくれていいんだよ。

改めて、ようこそ! ボクのお父さんの家へ!」



実は・・・

これを聞いたとき、泣きそうになりました。



私の長い人生、一度もこんな風に、
誰かに迎え入れられたことなんてありませんでした。


自分の家ですら、

「お前なんか産まなきゃよかった」

「お前は出来が悪い」

「お荷物だ」

そんなことばかり言われて、
八つ当たりされて、殴られて、蹴られて。

そんな生活から早く抜け出したくて
逃げるように家を出ました。


それ以来、親兄弟とも連絡を取らず、
「根無し草」のように、
フラフラと色んなところに行って、色んな仕事をしました。

でも、いつも自分の居場所じゃないような気がして、
自分が周りに馴染めていないような気がして、
自分がいることが、周りの人の迷惑になっているような気がして
どうしても、落ち着いていられることができませんでした。

私には「故郷」なんていうものはないし、
どこにも落ち着くことができないし、
誰も私を迎えてくれない。

そんな生き方に慣れていたというか、
そういう生き方しか知らなかった私にとって、
この、大家さんの一言は、とても重く響きました。

大袈裟に聞こえるかもしれませんが、
私の存在を許可してくれたような気がして
「少なくとも私はここにいてもいいんだ」と、ほっとしたのです。


私を受け入れようとしてくれる人たちがいる。


その事実が、怖いくらい嬉しかったのです。


しかも、こんな遠い国の見ず知らずの外国人が
こうして受け入れてくれるなんて思ってもみませんでした。


今も、こうして書いていて、涙が出てきます。

感謝と、嬉しさと、不安と、心配と・・・
いろんな気持ちが混ざり合っていて、うまく表現できません。


なにぶんにも一人で籠っていた年月が長いので、
まだ、他の人たちとうまく馴染んで生きて行けるか分かりませんが
でも、精一杯の感謝の気持ちをもちながら
皆さんと一緒に生活したいと思いました。


先のことは分かりませんが、
本当に私を受け入れてくれるのであれば、
こんな嬉しいことはありません。


正直に、まっとうに、迷惑をかけず、
思いやりを持って、礼儀正しく、
皆さんと一緒に住めたらいいなって思っています。



そういえば、このカード。

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エンジェルカードというそうですが、
先日キャシーさんのところでマッサージを受けた時に、
「好きなのを引いて」と言われて、引いたカードなのです。


これを見たキャシーさんは、

「うーん。私は専門家じゃないからよく分からないけど、
でも、きっと良い意味よ!
あなたはこれまで頑張ってきたんだから
そろそろ『Justice(正当な報い)』があるってことなのよ、きっと!」

と、ニッコリ笑ってくれたのです。


そのときは「ふーん、こんなカードが売ってるんだ」と思ったくらいでしたが
(有難味がないですね・・・苦笑)
もしかしたら、このことだったのかな?と思いました。

これまで不器用ながらも自分の居場所を探し続けて、
でも、全然見つからなくて、どこにいても居心地が悪くて・・・

でも、ようやく安心して存在してもいい場所を見つけられたかもしれません。

もちろん住んでみないと分かりませんが
この場所が、私の Justice になるといいな、と思いました。

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