天使の歌声

ほんの数週間のことではありますが、
「もしかしたらガンかもしれない」と思って、
戦々恐々と過ごしているあいだ、
色々なことを考えました。

もともと、子供の頃のトラウマで、
「自分は生きていてはいけない」のだと思っていました。

自殺未遂をしたことも数えきれないくらいあって、
物心ついた頃から何度もカッターで
自分を切りつけたことはありましたが、
中学1年生のときに、「今度こそ!」と思って、
包丁で手首を切ったら血がププーと出てきて、
でも、怖くてそれ以上深く切れなくて
「なんで、もっと力を入れられないの?」と
泣きじゃくりながら流れる血を眺めていたときに、
「私は臆病者で死ぬことすらできないんだ」と悟りました。

それ以降ずっと、
「生きていても、死んでいても同じ」と思っていて、
だらだらと、そのまま30年以上が過ぎました。

実は、私は昔から40歳になったら死ぬつもりでいたのです。
でも、実際に40歳になったら、
「荷物を処分するのが面倒くさい」とか、
だらだらと言い訳をしながら、
惰性のように生きていました。

正直なところ、イギリスに来ることにしたのも、
後のことを考えないで、
「ダメだったら死んでしまえばいいや」という気持ちが
少しだけありました。

親兄弟と絶縁している私にしてみたら、
葬式を出してくれる人すらいないわけなので、
日本で孤独死しても、
外国で野垂れ死にしても同じだと思ったのです。

そして、イギリスという環境のまったく違う場所に来て、
日々、目の前に現れる仕事やトラブルなどを
試行錯誤しながら、乗り切ることしか考えていませんでした。

そして、試行錯誤しながらも、
少しづつ人間関係を作っていて、
まだ「親友」と呼べるような人はいませんが、
それなりに人づきあいができるようになって、
だんだんと自分の世界が広がっていきました。

そんなときに「ガンで死ぬかも?」と考えることになって、
何十年も「いつ死んでも構わない」と思っていたくせに、
「死ぬのは仕方ないけど・・・ あれもしておきたかったな」
と思っている自分に気づいたのです。

水彩画やピアノのことは書きましたが、
他にも旅行で行ってみたい場所もあるし、
「あの絵画を生で見たい」と思っている絵もあるし、
「やってみたいな」と思うことが
沢山あることに気づいたのです。

そして、その大半が「お金がないから」もしくは
「こんな年齢になってから始めるのは遅いから」という理由で、
すぐに諦めていたことにも、気づきました。

お金は・・・すぐには貯まりません。
しかも、使ってしまえばなくなります。

でも、たとえば教室に通わずに
独学で水彩画を練習するとか、
お金を節約する方法は何かしらあるかもしれません。

前に、Nさんがこう言っていました。

「人は『できない、やらない理由』を無意識のうちに探すけど、
私は常に『どうしたらできるのか?』を真っ先に考えるから」

そんな言葉を聞いたときは「私も!」と思いましたが、
日々を重ねるうちに、『惰性』というのでしょうか?
普段から諦めることに慣れきっているので、
「できないよね・・・」とか、
「今さら・・・」などと思ってしまい、
全然 Nさんのようには行動できていませんでした。

でも、これからは意識して自分を奮い立たせて、
行動を起こしていくことに決めました。

私なんて自殺もできない「死にぞこない」なんだから・・・

そんな卑屈な思いをずっと引きずっていましたが、
「死にぞこない」でもいいじゃないか、
今まで生きてて心の底から『幸せ!』と思ったことはないけど、
これからも、そんな日は来ないかもしれないけれど、
死ねないのなら、まだ生きていられるのなら、
死ぬまでの間に、できるだけ自分のやりたいことをしていこう。

そんな風に思ったのです。


そして、「やりたいな」と思ったことで、
すぐにでもできることが幾つかありました。

そのうちの一つが、
過去に交流をもっていた人たちで、
心から「この人は良い人だった」と思える人たちと
また友人関係を築けたらいいな、と思ったのです。

私はずっと引きこもっていたので、
そんな友人と呼べる人がいたのは、
今から20年以上も前のことのです。

もともと、いじめられっ子だった私は、
19歳くらいのときに一念奮起して、
自分を変えようと、
無理やり交友関係を広げようと努力したことがありました。

Nさんも、その当時の友人でした。
ずっと連絡を取っていなかったのですが、
私がイギリスに出張することになって、
連絡をとったのでした。

でも、子供のころに人づきあいを学んでいなかったので、
当時の私は、友達関係も男性関係もうまくいかず、
どんなに頑張っても空回りするばかりでした。

色々と人間関係で苦労して、疲れて、
たくさん傷ついて・・・

そして、人づきあい がほとほと嫌になってしまい、
23歳くらいからは、ずっと引きこもっていました。

でも、何かのきっかけで10年近く前に
Facebook のアカウントを作ったとき、
当時の知り合いが私を見つけてくれて、
その人から繋がって20人くらいの知り合いが
Facebook で友達として登録されていたのです。

でも、Facebook は良くも悪くも友人の近況が分かるので、
20年前から何も変わっていない自分と、
どんどん「成長」している彼らを比べると
「どうして、私はこんな風になってしまったんだろう?」
と胸が痛くなって、辛い気持ちになるので、
Facebook を開くこともなく、
10年近く放置していました。

結婚して、家族をもって、
幸せそうに順当な道を進んでいる彼らに比べ、
自分は独りぼっちで引きこもって、
何も変わっていないどころか、
少しづつ風化していくような気すらしていた私にとっては、
彼らの生活が羨ましくて、
いたたまれない気持ちになるのです。

しかも、すでにタイムリミットを過ぎて、
自分の子供と家族をもつことができないことを考えると
友人の家族写真を見たりして、
余計に追い詰められたような気がして、悲しくなります。

そんな状況だったので、
「昔の知り合いと連絡を…」と思った後も躊躇して、
なかなか Facebook を開けずにいました。

でも、昨日くらいから、
「この一時の心の痛みに堪えることで、
当時の私にとって貴重な友人だった人たちと
また交流できるようになるのであれば、
頑張って、耐えてみよう!」という気持ちになれました。

「ガンかもしれない」と言われて、
自分が死んだら・・ということを考えなければ、
きっと、この辛さと向き合う気持ちには
ならなかったと思います。


というわけで、
昨日から Facebook を眺めています。

予想通り、いつの間にか高校生くらいの子供がいる人がいたり、
独身だったのに結婚しただけでなく、2人も子供がいたり・・・
昔とのギャップに驚きました。

そして、やっぱり最初は辛くて、泣いてしまいました。
見ていると、こう思ってしまうのです。

「ああ、私はどこで道を誤ったんだろう・・・」

「どうして、私は彼女たちみたいに満面の笑顔で、
家族写真を撮っていないんだろう?」

「私の人生、何がいけなかったんだろう?」

この最後の質問を自分に投げかけた時、
恐ろしいほど沢山の答えが頭に浮かびました。

これも、すべて選択を他人任せにしたり、
状況に流されたりした結果です。

40歳で死ぬ気でいたので、
若い頃にきちんと貯金したり、
まともなことをしてこなかったことの結果です。

だから、そうやってバカな生き方をしてきて
今頃になって後悔している自分が、
どうしようもない間抜けに思えて、
涙が止まらないのです。

でも、ひとしきり泣いた後、こう思いました。

過去のことは、今さら変えることはできません。

「未来は変えることができる」と人は言うけれど、
私みたいに無計画に生きてきた人間には、
将来設計を立てるといっても、
その方法すら分かりません。

だから、とりあえず、
今できることを頑張るしかない。

だから、今は彼女たちに、
誠意をもって連絡を取ってみよう、
と思いました。


正直なところ、Facebook で見つけた人たちのうち、
何人に連絡を取るかは分かりません。

少なくとも、昨日は胸が痛んで、
誰にも連絡が取れませんでした。


でも、今日、これから1人にメッセージを送るつもりです。
というのも、ある人からメッセージが届いているのを
見つけたのです。

20年以上前にイギリスにいたとき、
縁あって一緒に旅行した人から
今年の7月29日に、
私宛にメッセージが届いていたのです。

当時は、ある男性に酷い目に遭って、
しかも、彼のために貯金をすべて失って、
辛くてどうしようもないときに、
自分を極限まで追い詰めて、
自分のことを見つめ直してみたくて、
ほぼ身一つに近い状態で、お遍路に出たのです。

それまでバックパッカー旅行どころか
一人旅にすら出たことがなかったのに、
今考えると、思い切ったものです・・・

そして、旅の1日目に彼女と出会いました。

彼女も一人旅で、
似たような理由で旅に出ていました。

しかも、目的地が同じだったので、
1週間くらい毎日、一緒に歩きました。

彼女は歌が上手で、
森の中で休憩するときや、
小さな教会を見つけた時など、
クラシックの歌を歌ってくれました。

石造りの小さな教会の中で彼女が歌うと、
教会全体が楽器になったように、
彼女の歌声が反響して、
まるで空から天使の歌声が降ってくるような
気分になりました。

だから、教会を見つけるたびに、
「休憩しようよ!」と彼女にねだって、
何か歌ってもらいました。

私はクラシックに疎いので、
歌ってくれた曲の名前は殆ど分からなかったのですが、
1つだけ、モーツァルトのDマイナーという曲だけは、
なぜか頭に残っています。

当時の私は、会社の休みが1週間しか取れなかったので、
1週間後には彼女と別れて帰りましたが、
彼女はその後もずっと歩き続けて、
お遍路を終えたそうです。

その後、1度だけ彼女に会ったことがありますが、
それも かれこれ20年くらい前のことです。

そんな彼女から、
こんなメッセージが届いていました。


「今は、どこで何をしているの? 
私は、イタリアにいます。

子供が3人、主人とは別れました。
幸せ・・・とは言えないかな。

でも、世界で私の居場所をようやく見つけたわ。
良かったら、連絡をくださいね」


これを読んだ時、
彼女の歌う Dマイナーが頭に蘇りました。

そして、彼女の Facebook ページを見たら、
彼女が教会で歌っている動画がアップされていました。

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あの、大好きだった天使の歌声!

もう涙が止まりませんでした。

あの頃の自分の未熟さや辛さ、
彼女の優しさや強さ、弱さや脆さ。

最後に会ったときに妊娠していて、
とても幸せそうにしていたこと・・・

色んなことを思い出しました。

感情を揺さぶられて嫌な気分になるから、
これまで記憶に蓋をして、
思い出さないようにしていたことばかりです。

そして、いざ思い出してみると、
あの時に「今度こそ幸せになろう!」
と思った自分の決意が叶っていないことに幻滅し、
やっぱり涙が出てきました。

それでも、泣いた後は、
少しだけ気持ちがすっきりしたような気がします。

もう20年近く経つのに、
気にしてくれていたなんて・・・

そう思うと、私が気づかないところで
私のことを気にしてくれている人がいたという事実に、
今度は、嬉しさの涙が出てきます。

メッセージをくれてから2カ月くらい経っていますが、
20年経ってもメッセージをくれた彼女なので、
今から返事をしても、許してくれるような気がします。


今回の「ガンかもしれない」騒動で、
ようやく、少しづつではありますが、
自分の過去と向き合う覚悟ができたような気がします。

昨日と今日で、バカみたいに泣きじゃくりましたが、
「大人だって、泣きたいときは泣くんだ!」と開き直って、
少しずつ自分を変えていけるよう、
これまでの人生で捨ててきたもののうち、
もう一度 拾うことができるものを拾いながら、
そして、これからまた新しいものを手に入れながら、
少しずつで良いので、前に進んで行きたいと思います。

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posted by イチイ at 22:09Comment(17)考えたこと

吐く息が白いです

では先週末から冬時間になり、
日もだいぶ短くなってきました。
だんだん寒くなってきたなぁ、
とは思っていたのですが、
今朝は吐く息の色が白かったです。

この国はあまり紅葉が見られないのですが
秋を通り越して冬になったような気すらしてきます。

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日本も寒くなってきた頃でしょうか。

季節の変わり目なので、
体調を崩さないように気をつけてくださいね。

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posted by イチイ at 15:33Comment(4)日記