病気の人たちの優しさ

昨日、大きな病院にいって検査を受けたとき、
待合室や病院の廊下などで、
かなりの時間を待ちました。

最初に行った、
レントゲン検査の待合室でのことです。

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40分くらい待っていたのですが、
その間ずっと、
斜め前に男性のご老人が座っていたのです。

そして、隣には娘さんと思しき、
目鼻立ちのよく似た女性が座っていました。

この女性が、具合の悪そうな父親の腕を
40分間ずっとさすっていたのです。

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この待合室は、熱のある私でも
コートを脱いでも大丈夫なくらい暖かいのですが、
男性はコートを着たままで、
膝には女性もののコートがかかっていました。
きっと娘さんのコートなのでしょう。

娘さんは、その反対側に座っている
母親と思しき年齢の女性と
時折会話をしていました。

その間も、優しくなでる右手を止めることなく、
まるで父親を励ますかのように、
遠くを見つめながら父親の腕をさすっていました。

この2人はほとんど会話を交わしていませんでしたが、
父親の肩を抱いて、
腕を優しく撫でている様子を見ていると
会話なんていらないんだろうな、と思えました。


私は両親とはもう何十年も会っていません。

会いたいとも思いませんし、
お互い死んだと思っているくらいだと思います。

それはいろいろな事情があったわけで、
そうならないためにできたことなんて
ひとつも思いつかないのですが、
それでもそうならない道を選ばなかった、
私の選択の結果、私の責任でもあります。

今から連絡先もわからない両親と
あのような温かな関係になれるはずもなく、
なりたいとも思わないというのが正直な気持ちですが、
それでも、ああいう温かな人間関係を
築くことができなかったことに対して
なんともやりきれない気持ちになりました。

外で少しずつ降り積もっている雪と同じように、
少しずつ私の心の中に冷たい塊みたいなものが
積み重なっていくような気がしました。

でも、赤の他人の様子であっても、
あの2人を見ると、
心の中の冷たさが少しは和らぐような気もしたのです。



そして、レントゲン室の前で順番を待っていたときです。

どうにも具合が悪くて、
壁によりかかって待っていたのですが、
同じく順番を待っていた女性が、
こう言ってくれたのです。

「大丈夫?
あそこの椅子があいているから、座りなさい」

頭が朦朧としていて、
廊下に待合椅子があることに気づかなかったようです。

「ありがとうございます」とにっこり笑って
その女性の方を見たら、
品の良さそうな同年代の女性で、
何かの機械から伸びたチューブが腕についていました。

これを見たときに、こう思ったのです。

自分の具合も悪いのに、
人のことを心配できる余裕があるなんて・・・

そして、椅子に座ったとたん、
私が大きく息を吐いたのに気づいた、
隣に座っていた男性が、こう聞いてきました。

「きみ、大丈夫?」

ここでも、驚いて、
具合が悪くて気持ちがおかしくなっているのか、
思わず涙が出そうになりました。

その男性も杖をついていて、
私に声をかけたとき以外は
ずっと頭をかかえて俯いていました。

きっと具合が悪いとか、
もしかしたら深刻な病気なのかもしれません。

それなのに、赤の他人である私が
辛そうにしていたら自然と声をかけてくれた、
その優しさが嬉しかったのです。

彼らにはごく普通のことで
何も特別なことをしていないのだと思いますが、
こういう何気ない優しさを受けて、
涙が出そうになったのです。

特に、ここ数日たった一人で
高熱に耐えて苦しんでいて、
誰も助けてくれない、
一人で耐えるしかない、
そんな風に思いつめていたので、
赤の他人の一言ではありますが、
とても大きな力を持っていました。

声をかけてくれたのは、この人たちです。
隠し撮りなんていけないと思いつつ、
この、他人からの優しさと嬉しさを
ずっと残しておきたくて、撮ってしまいました。


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こんなときに
Aさんから電話がかかってきたのです。
(前回のブログで書いたことです)

心配してくれたというよりも、
彼女の義務感と自己顕示欲を感じてしまい、
すごく嫌な気分になってしまったのです。

というのも、12月にAさんが数日会社を休んだとき
私は「何か必要なものはないですか?」と
携帯にメッセージを送ったのです。

なんというか、電話がかかってきたのを見たときに
「心配したよ。そのときの義理は返したよ」とでも
言われているような気がしてしまったのです。

こう思ってしまったのは、
私の直感なだけで、
本当は心配してくれていたのかもしれません。

でも、なぜか他の患者さんたちが
私に声をかけてくれたときのような
嬉しさを微塵も感じなかったのです。

私の感じたこと、
私の判断は間違っているかもしれません。

でも、心が感じたことを偽ることはできないし、
感じないことを無理に感じることもできません。

冷たい人間だと思われるかもしれませんが、
それが私の中でのAさんに対する評価なのだな、
と、それだけは分かったような気がします。

今回の風邪では、
いろいろなことを考えてしまいます。


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posted by イチイ at 22:06Comment(2)日記