「Good morning」という女性の声が聞こえたので、
顔を上げて見てみると、
おそらく私と同年代くらいと思われる、
スラリとした女性が立っていました。
体形と話し方から、
おそらくポーランド系の人だと思います。
「このエリアには勝手に入ってもいいの?
それとも許可がいるの?」
そう聞かれたので、こう答えました。
「なぜか柵がありますけれど、
どなたでも自由に入って、
お好きな野菜を獲ってくれて構わないんですよ」
「そうなの?
私、2年半もここに住んでいたけれど、
知らなかったわ。
でも、もうすぐ引っ越さないといけなくて、
引っ越し先がここから1時間半もするところなの。
私はこの近くで働いているし、
引っ越したくはないんだけど、
借りられるお部屋がなくて・・・
あなた、良いお部屋を知らない?」
思わず「うちの大家さんのところ、安いです」
と言いそうになったのですが、
空き室があるわけでもないのに
そんなことを言っても仕方ないと思い、
「残念ながら、心当たりはありません」
と答えました。
彼女が乗る電車が来るまでの間、
彼女の話を聞いていたのですが、
いろいろと思うところがありました。
たとえば、こんな話を聞きました。
70歳くらいの老女が、
一人で住んでいる家がある。
そこには6部屋もベッドルームがあるのに
住んでいるのは、彼女一人。
彼女はちょとしたケア(介護)が必要らしく、
彼女のケアをすることを条件として、
1部屋を700ポンドで貸してくれる、
と言われたそうです。
正直に言いますと、
このエリアで月700ポンド(約12万円)の
ハウスシェアは平均より少し安いくらいです。
部屋の広さやシェアする人数、
リビングルームが使えるかどうかにもよりますが、
それなりに快適なハウスシェアなら
1000ポンドくらいしてもおかしくありません。
彼女の予算は500ポンドだそうですが、
その予算では、よほど運が良くないと、
ロンドンのゾーン2以内で
それなりのハウスシェア物件を
見つけることはできないと思います。
光熱費込で500ポンドの部屋なんて、
東ロンドンの治安が悪いエリアや
ロンドン外れの地域にある、
4-5人でシェアしているハウスの
シングルルームがせいぜいといったところです。
彼女はその現実を知らないのかな?と思ったので、
私はこう答えました。
「ロンドン市内で、
今時 光熱費込500ポンドの部屋は
なかなか見つからないと思います」
すると、彼女はこんなことを言いました。
「でも、700ポンドよ?
余っている部屋が沢山あって
どうせ使っていない部屋なのに。
しかも、彼女は老人で、
これ以上お金を稼いでどうするというの?」
つまり、彼女はこう言いたいのです。
使っていない部屋なんだから、
タダとは言わないけれど、
もっと安く貸すべきだ。
老人で、子供が3人いるけど、
孫が一人もいないから、
お金を使う必要はないはずだ。
だから、お金なんて必要ないだろうに、
なんで、500ポンドで貸してくれないんだ?
何といいますか・・・・
答えに窮してしまいました。
彼女の言い分も分かりますし、
もしかすると、
こんな風に言ってくれる老人もいるかもしれません。
「独りで暮らすのが寂しいから、
話し相手になってくれたり、
家事を手伝ってくれるならば、
タダもしくは、破格の値段で住んでいいよ」
でも、もともと人間不信だった私にしてみると
そんな都合の良い話があるのかなぁ?
と思ってしまいます。
それに、「老人だからお金は必要ない」と断言するのも
間違っているような気がします。
老人だからこそ、
病気や怪我をする確率が高くなるし、
いくら医療費が無料といっても、
すぐに病院にかかれない国なので
高いお金を払って、
私立病院に行かなければならないという
困った事態になるかもしれません。
それに、彼女はこんなことも言っていました。
知り合いの家の部屋が余っているらしく、
その人が「I will help you(助けてあげますよ)」と言って、
部屋を貸してくれることになったそうです。
でも、いくらかは聞かなかったけれど、
無料ではなく、お金を請求されたそうです。
それに対して、
「あれはヘルプしている(助けている)」んじゃない、
と少し怒っていました。
でも、Help という言葉には
全面的に助けてくれることもあれば、
少しだけ助けてくれることもあり、
どちらも同じ「Help」です。
それに、「助ける」と言ったくらいですから、
きっとその人も相場よりも安い値段を
オファーしたと思います。
でも、彼女は「それは『助ける』ということにはならない」
と憤っているのです。
・・・それじゃ、無料で部屋を貸せと?
住んでいるだけでも光熱費はかかるのだから、
少しくらいは払うのは仕方ないと思います。
と言いたくなりましたが、
そこで彼女が乗る電車が来てしまったので、
ここで話は終わりになりました。
大人しそうな女性で、
本当に困っている様子が見て取れたので、
何かできることがあったら・・・と思う反面、
現実を受け入れて、
妥協する姿勢が全く見られないことに
戸惑いを感じました。
良い人たちに囲まれて育って、
そのまま大人になっても良い出会いに恵まれて、
人が自分のために何かをしてくれるのが
当然だと思っているのでしょうか。
困っているんだから、
家賃を安くしてくれたり、
部屋を無料で貸してくれるのが当然、
と言いたいのでしょうか。
そんなことを言い出したら、
世の中はきっと「困っている人」だらけになります。
それに、「困っている」とはいえ、
500ポンドまでなら出せる給料をもらっているなら、
貧困というほどのものではないわけで、
「困っている」の定義が
私とは違うような気がしました。
いうなれば「自分の生活水準を下げたくない」
という気持ちが根底にあって、
もちろん、その気持ちは理解できますが、
生活水準を下げたとしても、
生きていけなくなるわけではなく、
単に自分が不満なだけのように思えたのです。
そして、気の毒だとは思いましたが、
あまりに現実を見ていないことに驚きました。
私だったら、ここから1時間半のところでも、
住むところが見つかっただけでも有り難いと思い、
このエリアに住めなくなるのは
自分が不甲斐ないせいだと、
現実を受け入れて、諦めると思います。
でも、彼女が この年まで生きてこれたのは、
きっと環境に恵まれていたのかな?とも思いました。
こうして見知らぬ人にすら
助けを求め(部屋を知らない?と聞く)たり、
自分の悩みを打ち明けられる、
その素直さというか、
オープンさを羨ましく思いました。
私は決してそういうことはできませんが、
ああやって誰彼構わず助けを求めていれば
助けてあげよう!と思う人に
出会える確率が高くなると思います。
そして、きっと これまでの間、
そうして誰に助けてもらって生きてきたから
今回も誰かが、たとえそれが見知らぬ人であっても、
自分を助けてくれるかもしれない、
という期待がもてるのかな?と思いました。
そう考えてみると、
ある意味、彼女は人生を切り開く力に長けていると
言えるのかもしれません。
実際にこうして困っているのですから、
長けている、と言うのは違うのかもしれませんが…
少なくとも、私みたいにすぐ諦めたりせず
人に助けを求める勇気があると言う事は、
困った事態を打開する
きっかけになるのかもしれないと思いました。
誰かお金と気持ちに余裕のある人が彼女を助けて、
どこか良い住処が見つかると良いのですが…
ところで、こちらはイチゴの花です。

このときに株分けしたイチゴに ↓
http://yewtree.seesaa.net/article/453207632.html
先週末、花がついていたのです。
ベッドに植えて以来、もさもさと茂ってきて
10月になってもランナーを伸ばし続ける、
元気なイチゴたち。
とうとう花まで咲きました。
このまま咲かせても良い実はできないので、
咲かせずに切ってしまうべきなのですが、
なんだかせっかく健気に咲いたのに
切ってしまうのが可哀想で、
そのままにしておきました。