17世紀につくられたハープシコードや
チェロなどの弦楽器と
ソプラノとアルトの女性歌手による、
サロンでの小さな音楽会です。
小さいけれど、歴史あるお屋敷での
アットホームなコンサートでした。
コンサートのタイトルは「失楽園」です。
川島なお美さんが出ていたドラマではなくて、
ミルトンの抒情詩です → 失楽園
旧約聖書に書かれている、
アダムとイブの楽園追放を綴っており、
作者のミルトンは17世紀に活躍した、
イギリスの詩人です。
上の写真に写っているハープシコードも
17世紀につくられたものだそうで、
こういった楽器にちなんで、
同じ時代に題材を求めた演目にしたのかもしれません。
随分と昔、高校生の時に
ミルトンの「失楽園」を読んだことがあります。
そのときはピンとこなかったのですが、
コンサートでアルトの女性がアダムの思いを
滔々と歌い上げている様子を見て、
30年近くも前に読んだ本の情景が
目の前に浮かんできました。
「女よ、弱きものよ、
誘惑に負けし、弱きものよ。
お前のせいで永遠の幸せが失われた」
そんな歌詞の歌があって、
朗々と響く歌声は美しいのに
言葉にしている内容が、
歌に込められた感情が、
どうしようもなく切なく心に響いて、
胸が締め付けられるようでした。
ミルトンの「失楽園」は
楽園を追放されたところで終わりますが、
このコンサートは楽園追放後についても
語られていました。
疲れ果てるまで働かないと
生活の糧を得られなくなったアダム。
自分のしたことに後悔して、
ただ茫然と過ごしているイブ。
そんな二人に諍いが起きます。
ソプラノとアルトの掛け合いでしたが、
イブを責めることしかできないアダム、
そんなに責めないで、とアダムにすがるイブ。
楽園で幸せに過ごしていた2人なのに
生きるために必要なものを
自力で手に入れるために努力をしなくてはならず、
それが心に重くのしかかって、
お互いを責めてしまう2人。
なんだか、現代にも通じるものが
あるような気がしました。
私の両親は生活が苦しくて、
学歴もなかったので、
他人に対してもとても卑屈で
言いたいことも言えずに、
黙って、耐えて、生活の糧を得ていました。
でも、その不満の捌け口が私たち子供でした。
あまり思い出したくないので
詳しくは書きませんが、
あまりの酷い仕打ちに、
ご近所の人が両親に意見したことも何度かあります。
でも、それはそれで「恥をかかせて!」と
怒り狂った両親によって、
さらに痛めつけられることになるのですけど・・・
まぁ、そんな感じで、
今の時代だったら
警察に通報されてもおかしくないような両親だったのです。
そんな両親を思い出しながら、
生活に困らない、
物質的に恵まれている環境だったら
楽園にいたアダムとイブのように
私の両親も、子供や周りの人に優しくなれて
幸せに生きていけたのかしら?
自分が幸せでいる事は、
不幸な人間を生み出さないためにも
必要なのかも?
などと、つらつらと詮無いことを考えてしまいました。
そして、そんな考えが頭に浮かぶと、
なぜか胸が苦しくなって
涙が出そうになりました。
生きていくことの辛さ。
生活の糧を得るための代償。
楽園を追放されてしまった人間は、
生きていくことすら試練なのかしら・・・
などと、切なげに歌い上げる女性たちを見ながら、
なんだか自分も楽園を追放されてしまったような、
絶望的な気分になりました。
でも、演目が進むうちに
だんだんとアダムとイブも変わってくるのです。
失ったものを数え上げるのはやめよう。
後悔ばかりしていないで、
2人で強く生きていこう。
これからも辛いことがあるはずだけれど、
楽園には戻れないのだから、
ここで、できるかぎりのことをしながら生きていこう。
最後は、そんな感じで幕を閉じました。
音楽と歌と朗読による、
1時間ちょっとのステージでしたが、
大きく気持ちが揺さぶられました。
こういうのを「感動」というのでしょうか。
自分の過去と重ね合わせてしまったから
余計に感情が高ぶったのかもしれませんが、
コンサートの後は、不思議な爽快感が残っていました。
気持ちが落ち着いて、
心の中に広いスペースができたような、
しんとした、研ぎ澄まされたような感覚で、
不思議な静けさが体中に広がっているような気分でした。
小さなコンサートだったので、
コンサートの後に演奏者たちと
雑談する機会がありました。
ボランティアのおかげで
大分人見知りが改善したとはいえ、
この気持ちを上手に伝えられる自信がなくて、
「あの、とても素敵でした」とだけ言うのが
私にとっての精いっぱいでしたが・・・
実は、こういう生演奏の
コンサートに行ったのは初めてなのです。
有名な人たちではないのだとは思いますが、
それでも映画やテレビで見るコンサートよりも
ずっと迫力がありました。
目の前で繰り広げられる演奏と、
そこから伝わる見えない力に圧倒されて
まるで地に足がついていないような気分になりました。
音楽家の人たちって、素晴らしいですね。
こうして赤の他人に対して、
心を大きく揺さぶるような、
非日常的な感情を生み出すのですから
まるで魔法使いのようです。
こんなふうに、見知らぬ人に対して
大きな影響を、
しかも良い影響を与えられるなんて、
とても羨ましいです。