女王が濡れないために

パックウッドハウスには、
こんな回廊がありました。

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すごく古そうな回廊だなぁ。
立派なタペストリーもあるし、
すごいわ、ここ・・・

と思いながらキョロキョロしていたら
ガイドさんに「ハロー」と声を掛けられました。

「ハロー。すごく古そうですね」と答えたら、
ガイドさんは笑いながら、こう答えました。

「でも、ここは1927年に作られたのよ」

そして、この回廊が作られた
いきさつについてお話してくれました。

1927年8月23日、メアリー女王が
パックウッドを訪問したときのことです。
(メアリー女王は、
エリザベス女王のお祖母さんにあたります)

母屋に到着した女王は、
離れにあるホールで
アフタヌーンティーを楽しんだそうですが・・・

その日は、ひどい大雨だったそうです。

その当時、母屋からホールまでは、
屋根がありませんでした。

大急ぎでビニールシートなどで簡易屋根を作って、
どうにか雨に濡れることなく、
女王は母屋からホールまで移動できたそうです。

でも、この苦い経験から、
バロン・アッシュは二度とこのようなことないよう
母屋とホールを繋ぐ回廊を増設したのです。

つまり、お客さんが濡れないために、
回廊を作ってしまったわけです。

例によって、床板から壁の板に至るまで
チューダー時代の建物から取り外したものを利用し、
15世紀っぽく見える回廊が出来上がりました。


そして、ガイドさんに教えてもらったのですが、
飾ってあるタペストリーをよく見ると・・・

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継ぎ接ぎになっています!(笑)

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これは、バロン・アッシュが
このタペストリーを購入したときから
このような状態だったそうです。

昔のお屋敷では、
年代もののタペストリーが、
新しく作ったお部屋のサイズに合わず、
端を切り落としたり、
逆に継ぎ足したりすることが
割と頻繁に行われていたそうです。

そう言われてよくみてみると、
他のタペストリーも下辺20cmくらいの
継ぎ接ぎがありました。

ぱっと見たときに分からないようになってはいますが、
新しいタペストリーを発注するのではなく、
継ぎ接ぎで再利用するところが
チューダー時代のお金持ち(=貴族)
のイメージとかけ離れていて
思わず笑ってしまいました。


そして、こちらがメアリー女王が
アフタヌーンティーを楽しんだホールです。

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もともとは動物小屋だったものを
特別な床板をひいて、
ダンスホールに改装したものです。

このホールも窓ガラスが
チューダー時代のステンドグラスに変えられていたり、
チューダー時代の暖炉が置かれていたり、
細部までチューダーに拘っています。

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バロン・アッシュは
パーティー好きで有名だったそうで、
夜な夜なここでパーティーが行われていたそうです。

趣味は家の改築とパーティー。

そんな言葉、私もいつか言ってみたいものです(笑)

夢の家、夢の庭

パックウッド・ハウス(Packwood House)に行ってみたい
と思ったのは、こんな言葉を聞いたからです。

A House To Dream Of, A Garden To Dream In
「夢に見るような家、夢見心地の庭」

そのときのことは、こちらに書いています ↓
http://yewtree.seesaa.net/article/450235885.html

念願のパックウッド・ハウスに行った感想を
率直に言いますと・・・・

「うーん。思っていたのと違う」

でした(苦笑)


たぶん、パーゴラ・ガーデンという
別世界のように美しい公園が近くにあることや
先週末に Shaw's Corner という
お庭の素敵なお屋敷を見てきたので、
目が肥えてしまったのかもしれません。


でも、この屋敷にまつわるエピソードを
いろいろと教えてもらった後に
改めてパックウッド・ハウスとお庭を見て、
こう思いました。

これは、この家の主人にとって、
A house dream of (夢に見た家)で、
A garden dream in (夢見心地の庭)なんだ・・・

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そう思った理由を、
順を追って説明させてください。

この屋敷はバーミンガムの事業家が
16歳になる息子のために購入したそうです。

というのも、その息子であるバロン・アッシュは、
チューダー時代(1485年 - 1603年)が大好きで
その時代に建てられたこの屋敷を父にねだったのです。

父親のアルフレッド・アッシュは
1904年にオークションでパックウッドを落札し、
息子のバロンは、その後40年にわたって
このパックウッドを自分好みの屋敷に改造したのです。

屋敷を広げたり改装するにあたっては、
莫大なお金をかけて収集した
チューダー時代のアンティークを用いています。

たとえば、屋根の煙突(レンガ製)でさえ、
取り壊されることになったチューダー時代の屋敷から
そのまま煙突だけを買い取って、
パックウッドに取り付けたそうです。

家具や調度品、外装に至るまで、
チューダー時代のものを集めて、
それを使って改装したという徹底ぶりなのです。

たとえば、20世紀のはじめ
バロンがパックウッドを手に入れたときは
窓はジョージア様式(1714~1837年)、
増築された温室はビクトリア様式(1837~1901年)、
といった具合に、何百年にもわたって
数多くの改装がなされていました。

ジョージア様式やビクトリア様式だって
立派なアンティークと言いますか、
重要な価値のある建築です。

でも、それらが気に入らなかったバロンは、
ジョージア様式の窓を取り外し、
チューダー時代のアンティーク窓を集めて窓にはめ込み、
ビクトリア様式の増築部分を撤去したそうです。

こんなふうに、バロン・アッシュは
40年もの年月と莫大な費用をかけて、
パックウッドを自分好みの、
自分がイメージするとおりの
チューダー様式の屋敷に改造したのです。

そして庭作りにも、
バロン・アッシュの拘りが発揮されます。

季節ごとに植える花、
色合いや植える場所に至るまで、
事細かに指示を出し、
自分のイメージするとおりに庭を作らせたそうです。

つまり、この屋敷と庭は、
バロン・アッシュが夢に見たとおりの屋敷、
夢に見たとおりの庭なのです。


こちらは、ベッドルームから窓の外を見たところです。

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この一見何の変哲もない窓も
チューダー時代のものが
はめ込まれています。


バロン・アッシュが40年もかけて
自分好みに改造したパックウッドですが、
彼は、この屋敷を1941年に去っています。

そして、サフォークにある
チューダー時代に建てられた屋敷を購入し、
パックウッドと同じように、
自分のイメージするチューダー様式の屋敷に
改造するプロジェクトを再び開始したそうです。

これほど手塩に掛けた屋敷を去るなんて、
私には理解しがたいものがありますが、
パックウッドで彼の夢は完成し、
新たな夢を求めたのかもしれませんね。

そんなバロン・アッシュさんは、
こちらの肖像画の男性です。

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端正な顔立ちの男性ですね。

生涯独身で跡取りがいなかったため、
この屋敷はバロン・アッシュの死後、
National Trust に寄贈されたそうです。


ほかにも、屋敷やお庭で面白い話を聞きましたので、
また次回以降紹介させていただきますね。