断ったのですが、伝わりませんでした

今日、久しぶりにAさんとランチをしました。

こちらで何度か書いていますが、
少しクセのある人なので、
最近は誘われても断るようにしていました ↓

今日のランチも「忙しいので」と断ったのですが、
「ちょっと頼みたいことがあるので、
30分でもいいからお願いします」と言われて、
気は進まなかったのですが、ランチに行きました。

そこで頼まれたことは、
「グラストンベリーに連れて行って欲しい」でした。

なんでも知り合いの占い師に
「今は転換期で、健康とか色々と注意しないといけない」
といった感じのことを言われたらしく、
日本で言う、お伊勢参り的な気持ちで、
イギリスのパワースポットである
グラストンベリーに行きたいそうです。

私が頻繁に行っていることを知っていて、
一緒に行って欲しいと頼んできたのです。

長時間 Aさんと一緒に過ごすのは辛いと思ったので、
「普通の人は日帰りするような距離じゃありませんよ?」
と言いました。

すると、「パリにバスで行くくらいだから、大丈夫」
という答えが帰ってきました。

これは遠回しに言ってもダメだな・・・と思って、
私はこう言いました。

「私は一人でゆっくりしたくて行くので、
できれば一人で行きたいです」

「うん、でも週末家でじっとしているのは良くないって
(占い師に)言われたから」

「それなら、他のところへ出かけたらどうですか?」

「うん、だからグラストンベリーに行こうと思って」

「でも、遠いですよ。片道5時間かけても、
日帰りだったら現地にいられるのは2時間くらいだし」

「でも、車窓から緑が見えるでしょ?
そういう緑を見て、脳を休めるのが良いらしいから」

「じゃ、行き方を教えますから、
一人で行って来たらどうですか?」

「えー、一人だとつまらないじゃない」

「私は、いつも一人で行ってますけど・・・」

「私には、こういう脳を休める時間が必要なのよ」

「それなら、一人で行けばいいじゃないですか」

「一人で知らないところに行ったら、
ちゃんとバスを乗り換えられるかとか
色々と心配しなくちゃならないでしょ。
それじゃ、脳は休まらないから」

「それなら、自分の知っているところとか
ロンドン市内の公園をお散歩して
身近な緑を楽しんだらどうですか」

「うーん、それは嫌なんだよね」

「私も、行くなら一人で行きたいので・・・」

「でも、私には脳を休めるのが必要なのよ」

「私には、脳を休める必要はないですから、
わざわざグラストンベリーに行く必要はありません」

「うん、あなたは大丈夫かもしれないけど、
私には、それが必要なの。

それに、あなたは毎月のように行ってるんでしょ?
次に行くときでいいから、連れてってよ」


・・・・ここまで会話して、気づきました。

彼女は私の話を聞いていませんし、
会話になっていません。

「私に必要だから、連れて行け」

それをひたすら言い続けるだけです。

「なぜ、あなたのストレス解消のために、
私がストレス満載の1日を
過ごさなくてはいけないのですか?」」

と喉まで出かかったのですが、
さすがにそれは言えませんでした。

Aさんは、話を続けます。

「次は、いつ行くの?」

「来月のXX日です」

「じゃ、その日は開けておくね」

「いや、一緒に行くとは言ってませんけど・・・」

「だって、私には必要なんだもの。
だから、私、行くよ」


とりあえず「イエス」とは言っていないのですが、
人の話を全然聞いていないと言いますか、
私が「イエス」と言っている前提で話が進むので、
どうしたら良いのか困ってしまいました。


冷たいようですが、
なぜ、人が自分のために何かをしてくれることが
当然だと思えるのか、不思議でなりません。

育った環境が、恵まれていたのでしょうか?


今日はバーガーを食べたのですが、
Aさんが「ご馳走するよ」と言ってくれました。

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でも、「ご馳走したんだから、連れて行ってね」
みたいな話になったら困ると思い、
自分で払いました。

なんだか色々と面倒な人だなぁ・・・と思いつつ、
一応、断れるようになった自分に、
不謹慎かもしれませんが、少し嬉しくなりました。

最初に断りの言葉を言うのは勇気がいりましたが、
その最初の一言を口にした後は、
すらすらと断る言葉が出てきたのが、不思議でした。

何に対しても、
断るときってそういうのものなのかもしれませんね。

ただ、私は断ったつもりなのに、
相手には伝わっていないような気がするのが心配ですが・・・